Nakamoriと出会ったのは、2005年6月位カインタのあるモールの中の喫茶店で偶然会い、同じ日本人と言うことで30分程度話をしただけでした。しかし、約一年後の2006年5月22日に同じ所でとんでもない事になるとは誰も予想しなかったでしょう。
初めて会った時のNakamoriの印象は全くの好青年。言葉使いも丁寧で、物腰も低く優しい。その時同席していた年配のOさんも同じ意見だった。
Nakamoriはここで、宝石の仕事をして各国を飛び回っているとの事であった。
その後私はセブに渡ってしまってある事情の為帰る事が出来なくなってしまった。それが白黒ハッキリするまで帰れなかったし、日本の両親にも報告が出来なかったのである。
2006年1月、やっと日本に報告する事が出来、帰国が出来る時には私はすっかり不法滞在になってしまっていた。日本の両親と遣り取りに時間が掛かり、日本に帰国しようとマニラに来たのは2006年3月22日。もう、フィリピンに戻ってくる気持ちが無かったので、最後にマニラの彼女(今の妻)と友人、知人に挨拶をしてそれから帰国をする予定であった。だから、すぐに日本大使館に駆け込むつもりで来たのである。
3月23日それでカインタの知人に会った。以前あのモールでNakamoriとその場に同席した年配のOさんである。Oさん曰く、「何も不法滞在のまま帰る事は無い。知り合いを紹介して上げるから、相談だけでもしてみたら」と言われ会ったのが、一年前に会ったNakamoriであった。
今は、VISA関係の仕事をしているらしい。話し方も前のまま、アヤシイ雰囲気もしない。私の旅行者VISA期間延長するにしてもそんないに多額は掛からないし、数日で処理が出来るということであった。早速、私は日本の両親へその旨を告げ。3月24日NakamoriにVISAの延長の処理を依頼。しかしながら、数週間待てど暮らせど、一向に処理が終了したという話が来なかったのである。Nakamoriからは「依頼した者が体調不良でイミグレーションに行くことが出来ない。処理はもう済んでいる、後はパスポートにスタンプを押すだけだ。」という事であった。
時間が掛かるからという事で、私の彼女の日本への結婚VISAの申請までお願いした。一緒に日本に行ければ良かったのである。結局、彼女のVISAも中途半端。Nakamoriへの猜疑心が強くなり、私は行動を共にするようにしたのであった。逃げられたら大変困る。その一心であった。
その後、5月22日にNBIに逮捕され、留置。不起訴になったのは2007年1月9日にやっとDOJから通知が来たのである。
その後、裁判等でNakamoriと行動を共にする事が多くなったのであるが、だんだんと本性が見えて来たのであった。
しかし、その時はもう遅しさぞやNakamoriは、楽しい一時を送ったのであろう。。。
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