私はSet-upの被害者である。

2006年5月留置所内 その2

留置場の生活が始まった。

朝7時起床、点呼が来る。それが終わると掃除、私はVIP何もしない。
ただKAPATIDが掃除をしたり、水を運ぶ姿を眺めるだけである。食事もVIP以上は良い物を食べる事が出来た。調理をするのはVIPであるが、以前鳥料理の店でコックをしていたと言うBOYと言う名前のとても厳つい親父であった。
面会は月~金はPM3からPM5まで、土日がAM9からPM3までだった。しかし、面会のたびにP20がVICEに徴収された、奴はいかにもヤンチャはガキといった感じである。
私が居た部屋には大半はシャブで捕まった連中、MAYORは泥棒、VICEはレイプだったかな?
そんな連中ばかりであった、いつ襲われるか分からない様な気分で気が気ではなかった。
楽しみといったら、面会に彼女が来てくれる事と、皆でDVDを見るぐらいしかない。
勿論エアコンなんて無いから、暑苦しくて、うるさい扇風機だけ。外からは風は全く入らない。入って来るのは多くの蚊とすぐ近くのNBIの射撃の練習をしている音だけであった。射撃の練習はまるで留置されている連中に「今度はお前が的になるんだよって、言っているようであった」気分の良いものではない。

5月26日NHKのマニラ支局から取材が来た。
NBIのスタッフからは余分な事は言うな!!と言われるし。
どうして取材に来るほどの事になっているんだ?不思議でならなかった。
結局は余分な話は禁止されたので、取材は拒否させて頂いたのあるが、、、日本でどの様になっているのか、全く分からずに終わってしまった。

留置所での生活は、マンネリ化していた。
私が日本人であるためか、同じ部屋の連中でも気にしてくれる様になった。
犯罪を犯して留置された人間でも、どこか心優しいところを持った人も居る。
元鳥料理店のコックをしていた厳ついBOYが良い例であった。
BOYには皆が一目置いている。外見はいかにも、犯罪者。。。BOYが知ったら怒るかな?
最終的には一番の友達になった。
意地の悪いVICEから私を守ってくれたり、腹も空いていないのに、これ食べろ、あれ食べろ、と気遣ってくれた。また、私が塞込んでしまった時なんか、唯一元気付けてくれたのは言うまでも無い。
次の友人はファイナンス アドバイザーの仕事をしている者、3ミリオンペソを訴えられたと言っていた。
後の連中は日本人から小遣いを取ることしか考えていない様子。
しかし、BOYと仲良くなった事で、それも無くなったのであるが。。。

毎日、いつになったら出れるんだ?
なんで、こうなった?
日本の親兄弟、親戚連中に申し訳無い。
そればかり考えていた。

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